本や映画、食べ物、ヨガのことなどなど・・・心にピンときた、いろいろのものについて思ったことを書いています
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『メゾン・ド・ヒミコ』

小さな塗装工会社で事務員をしているサオリ。経済的な苦労と、ある日突然ゲイになって家族を捨てた父への恨みから始終仏頂面をしている。
そんなサオリの元へ、父ヒミコの恋人だという若く美しい青年ハルヒコが現れる。ヒミコは癌を患っており、余命いくばくもない、そんな父の元へ会いに来て欲しい。拒絶するサオリに、ヒミコの経営するゲイのための老人ホームで、日曜日に雑用のアルバイトを持ちかけるハルヒコ。
仏頂面で悪態をつき、ホームの住人たちと衝突しながらも、次第に打ち解け、仲良くなっていくサオリだが・・・。

父との葛藤、ハルヒコとの間に生まれる恋に似た感情、押し殺してきた感情を吐露することで次第に自分自身を取り戻していくかのようなサオリ。
映画は、「ゲイ」「差別」「老い」「死」「家族」「愛」「恋」そんなことを描いていきます。
(折り目正しい、お盆の迎え方も!)
重いテーマとコミカルな笑いのシーンを織り交ぜ、じーんときたり、くすくす笑ったり、そのバランスは絶妙。
別世界の話のようで、実はとても身近な事柄を描いていたりして、身につまされる思いもしたり。
ラストはほろ苦いハッピーエンド。とても中性的。
しかし、これ以上にすばらしいラストは考えられないでしょう。

さて、キャストについて。
柴咲コウ。わたしこの人があまり好きではありません。何となく、なんですが。きれいな人だと思いますよ。(今回は「メイクダウン」して役に挑んでいるようですが、どうしたって彼女が美人であることには変わりありません。)
でも。この作品の彼女はすばらしかったです。私の中の好感度がぐーんと上がってしまいました。
そしてオダギリジョー。以前から「どちらかと言えば好き」でしたが、この人も、わたしの中の好きな人ランキングを一気に駆け上がってしまいました。何ともいえない色香があるし、気丈さと脆さの同居するハルヒコを見事に体現していました。すばらしいです。
その他、ホームの住人たちも皆さんすばらしい。

映画そのものについて。
点数をつけるとしたら。97点くらいです。
ほんのいくつか辻褄があわないのが気になったくらいで、ストーリーよし、構成よし、脚本よし、キャストよし、ロケーションよし、音楽よしと全て揃った優れものです。
わたしの大好きな作品のひとつに加わりました。


追記:最初の投稿時、ヒロインの名前を間違えておりました。正しくは「サオリ」です。どこからその名前がでてきて間違えたのか・・・不明です。(以前に柴咲コウが演じたことのある役名でしょうか。)妹に指摘されて、「そうだ!」と慌てて訂正したところです。お恥ずかしい・・・
プログラムなどの資料を手元に置かずに書いているものですから、他にも間違いがあれば、指摘してください。
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by chiemhana | 2005-10-03 18:57 | 映画

『ヒトラー 最後の12日間』

観てから一週間になるのですが、なかなか文章にできずにいます。

ヒトラーが地下壕で自殺するまでの最後の12日間を、主に、彼の秘書をつとめた女性の視点から描いたもの。
敗色が濃くなり、幹部の意見も乱れたまままとまらない。
しかし彼らは「負け」を認めたり「降伏」することを受け入れられずに、多くの市民を巻き添えにして、最後の戦いは凄惨なものになっていきます。
ゆらぐナチズム。
悩み苦しんで神経を細らせていくヒトラー。

わたしはここに描かれた戦いの、歴史的背景をほとんど知りません。
(ナチスによるユダヤ人虐殺については、ある程度知っていますが。)
それゆえか、ここに描かれた一つの愚かな戦いとそれを動かしていた人たちの姿は、決して特別なものではない、という印象を持ちました。
これはある意味、普遍的なものなのです。
わたしが思い当たった一つのことは、他者を受け入れられない者は、自らをも破滅に導く、ということ。
この場合、他者とは、容姿や考え、立場などあらゆる種類の、自分とは違ったものを持っている者のことです。

ヒトラーとナチズムの崇拝者であったゲッペルス夫妻は、「非ナチズムの社会で子どもを育てたくない」と、自らの手で子どもたちを殺めます。もちろん、喜んでそんなことをしているわけではなく、彼らは非常な苦悩の末、その行動に至ります。
自分たちが“敵”と考える相手との「共生」という選択肢を選ぶことができれば、あのようなことにはならなかった。でも、彼らにはそれができなかった。

ヒトラーも、もちろん負けを認められない。しかも彼の“敵”は未だに、(もはや抵抗力のない)ユダヤ人。そして自ら命を絶つことを選びますが、晒し者になるのはイヤだと、死後の体や遺物の処理を強く指示します。多くの市民や兵士たちが無惨な死に様をさらしているというのに!彼は自分以外の誰をも、受け入れられなくなっているのです。
ここに描かれたヒトラーをみる限り、決して狂気の沙汰ではないのです。ただ、他者を受け入れられず、自分のプライドの保守のみを考え、歴史に名を残すことばかりに気を取られていただけで、苦しみつつ考え抜いた末の決断に見えます。
それ自体が狂気?いいえ、決してそうとは言い切れません。ある瞬間に、自分の立場と周囲の状況が見えていない人、たくさんいます。自分だってそういう時があります。

この映画について考えれば考えるほど、自国の過去の行いが思い起こされますし、今でも地球上のあちこちで起こっている悲しい事件のことが思い起こされます。

全ての根本にあるのは、「あの人がキライ」という小さな憎しみと「自分こそが正しい」という小さな奢り。
自分の胸のうちにある小さな感情と、あそこで起こっている悲惨な戦いは、決して無関係ではない、ということを心に刻んでおきたいと思います。
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by chiemhana | 2005-08-01 11:21 | 映画

『皇帝ペンギン』と・・・帰宅難民

きのうは、朝IYC九段下の入門クラスに参加したあと(とても楽しかった!それにIYC九段下もノリコ先生も気に入ってしまいました。その話はまたの機会に。)、一度帰宅。昼食をすませた後、恵比寿ガーデンシネマへ『皇帝ペンギン』を見に行ってきました。

映画は、南極の過酷な環境の下、自然のリズムに導かれ、直向に命を後継しながら生きる皇帝ペンギンの一冬を追った、ドキュメンタリータッチの映画。
実に多くの時間をカメラは捕らえていて、映像はすばらしかったです。
ただ、父・母・子、とペンギンに役割を与えて役者が台詞をあてているという構成。
それは効果的な時もあれば、逆効果な場合も。
そのままで十分にドラマティックなのですが、それを盛り上げるかのような台詞があてられてしまうと、映像が持つ本来の魅力が損なわれることもあると思うのです。

もしくは、わたしが、皇帝ペンギンのこの生態について知識があったため、そのように感じてしまったのかもしれませんが。

ただ、太陽や月の動きに従い、新しい命を育むために生きているかのように見えるペンギンが、時折見せる感情的な表情には、とても心を揺さぶられました。
ほんの短い時間しか共有しない雄と雌ですが、互いを愛しむような仕草をみせたり、卵やヒナを失ったときにあげる悲しげな鳴き声など。

さて、この映画を見ている最中に、地面から突き上げられるような振動を感じたかと思えばグラグラっと大きな地震が・・・。
驚きました。
映画館の中って、比較対象(揺れるもの)がないのでどの程度の揺れなのか判断がつきにくいです。
でも、大人数がひとつの空間の中にあって、高い悲鳴が上がると、余計に恐怖心が煽られるのを感じました。こういうことが引き金で、暴動(?)は起きるのではないかと、それが怖かったです。

見終わって、フラフラとお店をのぞきながら駅へ行くと、電車が止まっていました。
地震発生からある程度の時間が経っていた(おそらく映画の中盤だった)し、もう少し待てば動くのではないかと、もう一時間ほどウィンドーショッピング。
それでもまだ止まっています。
しかも「運転再開の目途はたっていません。」とのアナウンス。
我が家は東京の東の外れ。「日比谷線は運転再開との情報が入りました。」の声を聞いて、地下鉄なら大丈夫なのではないか?と、三田線を目指して徒歩で目黒へ向かいました。
途中、割れた品物を確認する酒屋さんを目撃。意外と大変な揺れだったことを確認。
そして目黒駅周辺も大変な混雑。地下鉄も動いていませんでした。
タクシーに乗ろうにも、空車なんていやしません。
仕方なく、とりあえず先のほうへ歩いてみることに。
品川方面へかなり歩いたところで、偶然空車のタクシーにめぐり合えたので乗り込み、中間地点まで妹夫婦に迎えに来てもらって、結局3時間かけて帰宅したのでした。

思わぬところでちょっと大変なことに巻き込まれましたが、首都圏直下型が起きた場合はこの程度ではすまないとのこと。
うーむ、恐ろしい。
この経験を、何とか生かしたいものです。
(でも、いつ・どんなとき に起こるかわかりませんからねぇ。そのことを学んだでしょうか。)
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by chiemhana | 2005-07-24 21:53 | 映画

『ぼくの好きな先生』

Etre et avoir ぼくの好きな先生
/ バップ
スコア選択: ★★★




山梨で、テニスの後の休憩中にみたもので、途中眠たくて仕方ありませんでした。

フランスの田舎、小さな小学校の半年間。
1人の先生が、下は3歳から上は12歳までの十数人の子どもを一つの教室でみています。
全員が一つの教室の中で、別々のことをしながら、先生は順順に指導していき、時には高学年の子たちが小さな子の面倒をみたり・・・。
勉強の仕方は、「なるほど、そういうやり方だろうな」と思えます。
重いまぶたを支えながら、わたしがはっとしたのはそれ以外の部分。

先生が中学年の男の子と教科書を読んでいます。
途中質問をはさみ、彼自身のことと照らしながら。
すると小さな子たちは先生に構ってもらおうと、二人の会話に割り込んできます。
先生はそれを制します。
それでも)小さな子はつい口をはさんでしまいます。
そこで先生は「今、彼と話しているんだよ。邪魔しないで。」ときっぱり言い放ちます。
一見冷たいようですが、映画全体を通してみる限り、この先生は彼らのことをとても愛しているし、先生自身の言動にむらがありません。常に一貫した姿勢を保っているのです。
するとこのシーンから、年若いうちから自己が確立される所以を見たように思えるのです。
先生はたとえ小さな子でも、誰かに指示されてここ(学校)へ来ているのではない、自発的に学ぶため来ているのだ、という自覚をさせます。
つまり、ここへは学びにきているのであって、おしゃべりにきているわけではない。
全員がそうなので、他の子の学ぶ機会を邪魔してはいけない。
ということを、中学年の子も、小さな子も、この時に身を持って学んだのではないかと思います。

こういう場合、制するほうが難しいと思う。
もし自分だったら、つい、横槍の相手もしてしまうと思います。

映画の冒頭に、吹雪の中、牛を追うというシーンがあります。
叩いたり押したりするのではなく、手を振り声をかけ牛を導きます。
最初は、なんだこのシーンは?と思いましたが、見ているうちに、そうかこの先生の「教育」というのはまさに、吹雪の中で牛たちを安全な場所へ「導く」、そういうようなことなんだなと思えてきます。
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by chiemhana | 2005-07-21 09:43 | 映画

『白いカラス』

映画「白いカラス」

強い姿勢を貫いて大学内で地位を築いてきたシルク。それゆえ敵も多い彼が、講義に一度も顔を出さない生徒を「彼らは幽霊(スプーク)か?」と言ったのが運の尽き。「スプーク」には俗語で「黒人」の意味があり、たまたまその学生たちが黒人だったため、人種差別をしたとして大学を追われることになってしまいます。
そのショックゆえに妻をも失ってしまうシルク。
老いて、職も地位も妻も失った彼は、それでも前向きに強く生きている。
そんな彼に触発されて、森の奥での隠遁生活から、社会的な生活を取り戻すようになった作家ネイサン。
映画はシルクの視点と、ネイサンの視点、二方向から描かれます。
ある時、シルクはフォーニアをいう若い女性と出会い、恋に落ちます。
彼女は、今もって癒えない深い傷を心に負っています。
大きな年齢差や、社会的地位の差から、批判を受ける二人ですが、互いに境遇を労わり合い、支えあって、深く愛し合うようになります。

実はシルクは白い肌を持って生まれた黒人。
人種差別の疑いがかけられたとき、真実を打ち明けていれば、全てを失わずに済んだわけですが、彼が長年そのことを隠して生きてきたのには、わけがあります。
若い頃に愛し合った女性。彼女は、彼が本当は黒人だということを知り、離れていってしまう。
シルクは自分の出自を明かさないことを堅く決心するのです。
彼はまた、フォーニアに、そのかつての恋人の姿を重ねてもいます。
そして、自分の負った傷(若い頃の傷、大学を追われ妻を失った傷)によって、フォーニアの傷(幼い頃は継父からの性的虐待を、結婚後は夫から家庭内暴力を受け、二人の子供を事故で亡くすという悲惨な過去)も理解するのです。
そして、二人を死に追いやってしまう、フォーニアの元夫。
彼もまた癒えない傷を負っています。
ベトナム戦争で受けた傷、それによってフォーニアを傷つけてしまうのですが、それゆえ妻を失ってしまい再び傷つきます。そして、フォーニアと同じように、子供を失って傷ついている。

彼らはただ不運なだけではありません。
社会的な歪みから、傷を負っている。
一見、特異なケースのように見えますが、彼らに関わることは、わたしたちのすぐ身近にも溢れています。
それを、当事者だけではなく、作家ネイサンの視点を借りることによって、誰かに肩入れするのではなく、冷静にみせつける。

静かで地味ですが、とてもよく描いている映画だと思いました。
未だ断ち切れない悪循環の鎖。
ある意味では、絶望的な話でもあります。


余談ですが、ニコール・キッドマン、かっこいいですよね。
彼女もヨガ愛好者のはず。
細いのに、締まった腕と背中が美しかったです。
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by chiemhana | 2005-06-27 18:16 | 映画

『ジョゼと虎と魚たち』

大学生の恒夫。
適当にバイトして、大学行って、可愛い女の子とHして・・・毎日をニヤニヤ笑いで過ごしているような、将来への展望も現在持っている信念もないようなちゃらんぽらんな男の子。
ひょんなことから足の自由がきかない、女の子と出会います。
彼女の足が不自由なことを恥じて、世間から隠したがるおばあさんと暮らすその女の子は自分を「ジョゼ」と名乗ります。
料理は絶品で、恒夫は朝食目当てでジョゼ宅に出入りするようになります。
無愛想で風変わりなジョゼ。
しかし一緒に過ごすうちに、彼女がとても真っ直ぐでピュアできらきらしたところのある女の子であることが見えてきます。
徐々に親しくなり、互いに好意を寄せ合うようになる恒夫とジョゼですが・・・

というお話。
これは「恋」のお話だと思います。
ただし、もっと大きなものを包む、「愛」には発展しきれなかった「恋」。
そこにはジョゼの障害はあまり大きく関わっているようには思われません。
一人でも凛と生きていくジョゼ。
本当はとても弱い(それは社会的立場からも、一人の女の子としても)のですが、彼女はその自分の弱さと、それから恒夫の弱さもしっかりと見抜いて、見据えていて、その上で生きていく術を心得ている。
そんな彼女の凛とした姿勢に恒夫も惹かれたのでしょう。
しかし、だからこそ、彼にはできなかったことがある。

田辺聖子の原作もとてもキュートですが、この映画は、原作に応用をつけて、それに成功していると思えます。
作品そのものが、きらきらしている。(妻夫木聡と池脇千鶴がまたいいのです!)
そして、切ない。
ラストはなんとも言えません。
切ないんだけれど、とても正しい。
そして、物語の続きは、きっと明るい世界だと思えるのです。

そしてそして、エンディングに流れる、くるりの『ハイウェイ』。
しびれます・・・。


ジョゼと虎と魚たち(通常版)
/ 角川エンタテインメント
スコア選択: ★★★★★
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by chiemhana | 2005-06-06 16:17 | 映画

『ウィスキー』

渋谷CINE AMUSEで現在公開中。
www.bitter.co.jp/whisky

南米はウルグアイの映画。
(恥ずかしながら、小松菜亭はウルグアイがどこにあるのか存じませんでした。)
小さな靴下工場を営むハコボ。
母の墓の建立式にブラジルに住む弟のエルマンをよびよせます。
二人は久々に再会するようす。
見栄があるのか、ハコボは自分の工場に長年勤めるマルタという地味で勤勉な女性に、自分の妻役を依頼します。
終始無表情なハコボとマルタ。
代わり映えのしない繰り返しの毎日に訪れた、エルマン(=「非日常」)。
それでも変わらないハコボと、変化を楽しむマルタ。
物語の途中で終わってしまったような印象のエンディング。
でもそれでわたしたちは、もっと深い物語を楽しむことができます。

ハコボの工場のように地味なストーリー展開。
でも、その中に突然生まれる小さなギャップや、変化を楽しむマルタと元に戻そうとするハコボの綱引きのようなやりとり、仏頂面で突然意外なほどのホスピタリティを発揮するハコボ、などなど、クスクス笑いが止まりません。

マルタの声とイントネーションが愛らしく、3人が度々口にするブラジルも気になります。

遠いようで、なぜか親しみを感じる、楽しく、そしてちょっと切ない映画です。

ちなみに、東京国際映画祭にてグランプリ・主演女優賞を、カンヌ映画祭にてオリジナル視点賞・国際批評家連盟賞を受賞だそうです。

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by chiemhana | 2005-05-31 09:59 | 映画

『ミツバチのささやき』

映画『ミツバチのささやき』のこと。

島本理生の『ナラタージュ』がきっかけで、思い出しました。
10年位前から、「みたい映画リスト」に加わっていたこの映画のことを。

スペイン、ビクトル・エリセ監督、1973年の作品。
アナという幼い少女の心の中にわいた空想の世界。
それが育っていく様子。
そして現実に引き戻されるまで。
スペイン内乱の影響が描かれているそうですが、そこのところはよくわかりませんでした。
こういう世界を持っていたときが、あったな、という切ない気持ち。
そして何と言ってもアナ役アナ・トレントの切ないほどの美しさ。
「美しい」という言葉でも、少しそぐわないような気がします。
中性的な雰囲気もあるのです。
作品全体としては、台詞も少なく静かで、物語もそれほど起伏に富んでいません。(ヤマもオチもあってないような・・・)
しかしシーンの一つ一つが絵画のように美しく、見終わった後に長い余韻が残ります。
「きっとこうして成長していくのだろう」と自然に思え、物語の続きはそれほど気になりません。
ただ、この世界にもっと留まっていたいと感じました。

近い日にやはり『ナラタージュ』に登場、同監督の『エル・スール』もみました。こちらもやはり美しい映画でしたが、『ミツバチのささやき』の方が、アナ・トレントの魅力とあわせ、印象がより深かったように思われます。
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by chiemhana | 2005-05-27 09:21 | 映画