本や映画、食べ物、ヨガのことなどなど・・・心にピンときた、いろいろのものについて思ったことを書いています
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カテゴリ:映画( 59 )

かもめ食堂

お隣の町に先日オープンしたばかりのショッピングモール、OLINAS(オリナス)
混雑は覚悟の上で、今日、行ってみました。

目的は3つ。
まずは、これ。

d0058543_2182765.jpg


そうです、Cheese Cake Factoryが入っているのです。
ここのパフェ、食べてみたかったんですよね~。mabuさんのブログでみていて。

食べたのはベリーチーズケーキパフェ。
軽い感触のスポンジのうえにチーズクリーム、シリアル、アイス(本当はストロベリーアイスですが、切らしているとのことで今日はバニラ)、ベリーソース、そしてチーズケーキがささっています!
美味しかった~♪
パフェ全体が「チーズケーキ」といった感じ。そこに本当のチーズケーキがささっているわけです。

そして、もう1つはAVEDA
先日吉祥寺に行った時、ヘアスタイリング剤を購入、使用感や香が気に入ったので、スキンケアの商品も使ってみたくなったところで、比較的近所にお店ができて、ラッキーでした。
まだオープンしたばかりで慣れない様子の店員さんのガイドで、「エレメンタルネイチュア」を診断。わたしは「火(fire)」でした。
そういうわけで、さっそくallーsensitiveシリーズのクレンザー、トナー、モイスチャライザーを購入。しばらく使ってみるつもりです。

さて、メインの目的は映画。
『かもめ食堂』をみてきました。
フィンランドのヘルシンキ、そこに一軒の日本食堂があります。名前は「かもめ食堂」。
さちえさんという小柄な女性が一人できりもりしているのですが、開店から一ヶ月、お客はまだ一人もあらわれません。
気長に構えるさちえさんの店には徐々に人が集まるようになりますが、これまた皆ひとクセもふたクセもあるような人たち。
彼らの、どうってことないようで、でもちょっと切なくなったり、ほんわか嬉しくなったり・・・の日々。

いや~、まず、おにぎりが食べたくなりました。
それから、さちえさん役の小林聡美さんが美しかった~。肌や姿勢、表情の作り方なんかがとても素敵。お手本にしたいです。
ストーリーはあるようで無いし、本当に、「何がどうなった」ってこともないのです。
でも、見終わった後に、温かくておいしいごはんをお腹イッパイいただいた後のように、元気が出るような、そんな映画です。
くすくす笑いも満載で、とてもわたし好み。
舞台がフィンランドってところも重要ポイントです。とても行ってみたい国のひとつで(こんどの連休に行っちゃうかという案も出ましたが、日数が少ないので諦めたところ)、この映画を観てますます行ってみたくなりました。
あと、「かもめ食堂」のような食堂が、近所にあったらいいのになぁ~、と切に思います。
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by chiemhana | 2006-04-23 21:31 | 映画

『僕のニューヨークライフ』 

久々の映画ネタです。

恵比寿ガーデンシネマで、『僕のニューヨークライフ』をみてきました。

ウッディ・アレン映画が好きです。
『男はつらいよ』的な安心感と、くすくす笑い満載なところがいいです。

マンハッタンに住む若きコメディー作家のジェリーは、本当はシリアスな小説を書きたい。でもマネージャーのハーヴィーは、安いギャラでつまらない仕事ばかり取ってきては、高い手数料を請求する。
女優志望の恋人アマンダは、とっても魅力的。でも何故か最近しっくりいかない。
仕事も恋も、いまひとつうまくいかないジェリーは、高校の教師をしながら、同じようにコメディー作家をしているドーベルという男と出会う。奇人だが、とても力強いアドバイスをしてくれるドーベルの言葉にしたがって、ジェリーは自分の生活を見直し、改善しようとするが・・・。


期待を裏切らないくすくす笑い。
でもイマイチしっくりこなかったのは、アマンダという女の子が好きになれなかったからかもしれません。
よく考えてみると今までは、馬鹿なんだけど憎めないという具合に、どのキャラクターにも愛情を感じられたのですが、今回のアマンダにだけは、愛情を感じられませんでした。
クリスティーナ・リッチが演じるアマンダは、確かにセクシーで魅力的でしたが、理解できなかった。。。

でも、やっぱりウッディ・アレン。
今回主演は彼ではなくて、ジェイソン・ビッグス。
なのにそのしゃべり方や身振りはウッディ・アレンそっくり。
若くて可愛いジェイソン・ビッグスが、どもったり、落ちつかなげな身振りをしているのをみるだけで、笑えます。
またウッディ・アレン演じるドーベルの捲くし立てる哲学は、わけがわからないけれども笑えて、ちょっぴり納得できます。


ま、人生ってそんなもんよねってお話でした。
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by chiemhana | 2006-02-18 14:16 | 映画

『親切なクムジャさん』

復讐ってなんだろう?

誰もが振り返るような美人のイ・クムジャ。彼女は二十歳の時、6歳の少年を誘拐・殺害した罪で服役。事件の残忍さと彼女の若さ&美貌ゆえ、当時世間は騒然となった。しかし獄中の彼女は天使のような笑顔と振る舞いで「親切なクムジャさん」と呼ばれ皆に親しまれる。すっかり改心したかのようにみえた彼女だが、出所した途端に豹変。自分を陥れた者への復讐のため、冷徹に計画を遂行していくのだった・・・。

というお話。

日本の漫画が原作の『オールド・ボーイ』でカンヌ・グランプリを受賞したパク・チャヌク監督の最新作。『復讐者に憐れみを』とあわせて「復讐三部作」の最後を飾る作品だそうです。他の二作は見ていませんが、ブラックな笑い満載のエンターテイメント映画に仕上がっていました。韓国映画ですが、「国」を感じさせず、実にスタイリッシュでカッコ良かったです。
残念ながら、余韻を残すような深い味わいはありませんでした。
ただ思うことはありましたので、後に書こうと思います。
主演はイ・ヨンエ。ドラマ「宮廷女官チャングムの誓い」ですっかりファンになってしまった夫はお目目がハートになっていたようですが、確かに彼女はすばらしいです。もともとが可愛らしい、美しい顔立ち。この映画の中では愛らしい女子高生から、囚人服を着た「天使」、黒づくめの装束に真っ赤なアイシャドーで復讐に燃えるクムジャを巧みに演じ分けています。
「チャングム・・・」では表情豊かな愛らしい女性を演じていましたが、この映画では、天使のような笑顔を見せたかと思えば、驚くほどの無表情。無表情という演技に対して、これほど感心したことはありません。ボーっとしているわけでも、見えない何かを凝視しているわけでもなく、ただ目の前の些事には全く無関心、という表情。
脇を固めるキャラクター造形もよかったです。


さて・・・この先はネタバレを含みますのでご注意ください。


クムジャは純真さゆえに、だまされて罪を被り、そして一心に復讐へと情熱を燃やします。一方で、不本意に手放すことになった娘を同じような直向さで愛し、その死に加担することになってしまった少年へは深い謝罪の気持ちを抱いています。
彼女は心の救済を求めて、復讐を計画し実行します。
ところが、復讐を終えても彼女の心は救われません。現状の打開にもならない。
許しを請いたかった6歳の少年、彼には弁明も許されない。
映画の登場人物たちは、現実ではありえないような形で、晴れて復讐を果たせるわけですが、そうしたからといって彼らが本当に望んでいることは絶対に手に入らないわけです。
この映画を「復讐を肯定している」と評する人が多いようですが、わたしはそうは思いませんでした。
この世の中には、映画に登場するようなやるせない憤りを抱えた人が本当にたくさんいらっしゃいます。(つい先日も、増えてしまいましたしね。)その人たちはもしかしたら、映画の登場人物たちの行為をうらやましいと感じるかもしれません。このどこにも行き場のない怒りを、ぜひともあんな形でぶつけてしまいたい!・・・もしわたしがそんな怒りを抱えていたら、そう思ったかもしれません。でも同時に、成し遂げたって虚しさしか残らないということを、思い知らされるような気がします。
ではどうすればいいのか、ということはこの映画は何も語ってくれません。
でも、それは復讐心を抱えた一人一人が、それぞれ独自の方法でしか癒せない、そういうことではないかと思います。

それならば何故、そもそも復讐したいと思うのでしょうか。。。



ひとまずは、『オールド・ボーイ』を見てみたいですね。
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by chiemhana | 2005-11-26 11:31 | 映画

映画『春の雪』

カメラワークがすばらしいとか、時代を映したセットや衣装などの小道具が美しいとか、いろいろ前評判は聞いていましたが、あの長編小説をどうダイジェストにみせるのか、というのが正直わたしの一番の関心ごとでした。
小説では中盤を過ぎたころに明かされる、この悲劇を生む種、それは汚らしい大人のエゴなのですが、それが映画冒頭に描かれます。
なるほど。こうしてコンパクトにまとめていくのね、とはじめは感心しましたが、直後はのんびりと原作の一部をほぼ忠実に描く、といった具合。その後もうんと凝縮して描く部分と、じっくりと再現するような部分が交互に入り混じります。
でも、そのバランスにやや違和感が。「あれを凝縮したんだから、こっちももっと縮めれば良いのに」とか、「それこそじっくり描いてくれればいいのに」という具合。

でもこういう感じ方は、原作を読んでいて、そちらに寄り添いすぎている自分のスタンスのせいかもしれません。いっそのことこれだけ設定が変えられているのだから(些細なこととも思えますが、ある意味では物語の根本を揺るがすような変更があります)、原作とは別物としてみれば良いんだ、と途中割り切ってみました。

そうすると、そうしたで、また気になるところがでてくるのです。
宮家との縁組が決まってしまった聡子に、清顕はなぜあれほどの執着をみせるのか。そうなる前になぜ少しでも手を打たなかったのか。そのあたり(清顕の心情や考え)が、映画の描き方では伝わりにくいのではないだろうか、という心配。
実際に原作を知らずにみた夫に確認したところ、「ただ子どもだから。ただ欲望ゆえ。」という解釈。それじゃあ「純愛」とは言えないじゃない。(原作でも「純愛」とは言いづらいけれども、もっと複雑な青年心理があるわけです。)
そしてこれは、夫からの指摘だったのですが、清顕の夢日記にどのような意味があったのかわからなかった、というのです。
原作では、清顕の夢は複雑で彼の心理や状況を象徴するものとして度々描かれ、夢日記に記されていきます。そしてその夢日記は本多に託されるのです。それは第二部へとつながる伏線になると思われます。映画では第二部へのつながりは全く排除されていると見受けられましたので、夢日記も排除するか、もしくは別の意味を持たせたらよかったかもしれない、と思えます。

でも、(このへんで褒めておこう)清顕の夢はよかったと思います。原作とは違うものの、夢が象徴するもの、夢の与える影響、という描き方は「巧い!」と思いました。
それから、小倉百人一首の使い方も、良かったかも。小倉百人一首は原作にも登場しますが、それとは違った使い方でうまく二人を結び付けていると思いました。

さて、キャストについて。
妻夫木聡は好きですが、手放しでは褒められませんでした。
何が?品でしょうか。公爵家の息子としての品。それがない。幼少時に雅を身に付けた物憂げな青年には見えませんでした。それと情熱。禁を犯しても聡子を得たいと願う情熱が感じられなかったです。すねたり不貞腐れた表情はいいです。(それが子どもっぽさを強調したかも。)押し殺した怒りも。でも、逆にもっと微細な感情の襞がみえませんでした。
そして竹内結子。ドラマなど現代劇でみる彼女はとても魅力的です。でも正直に言って、「とても美しい女性」として描かれている聡子、には見えませんでした。
でも、目の表情や声の使い方、せりふに込められた感情表現はすばらしかったです。
清顕との愛に全人生をかけている、でもその激情は胸にしまっている。そんなふうに見えました。
一番のはまり役は、榎木孝明の松枝公爵。ばっちりはまっていました。金も権力も不自由なく持ち合わせ、野心に満ちた成り上がり貴族の二代目である清顕の父。それらしいシーンはありませんでしたが、女遊びにも長け、「わが世の春」と人生を味わいつくしている、そんな人物に見えました。
そして、若尾文子の月修寺門跡。ほのかな色香を奥底にひそめつつ、今はすっかり俗世を捨て、聡子の心の救済を手伝う最後の拠り所として、これまたばっちりはまっていました。

それにしても、若い監督を起用して、お金をかけて、こういう作品を作ることにはどちらかと言えば賛成。
今は日本映画に勢いがあって、感性豊かなPOPな作品が多いけれども、こういう重厚な趣を持った日本独特の世界を描いた作品も、どんどん作って欲しいと思います。そして、魅力的なキャスティングをして、日本の若い人たちにも、海外でも(今回も釜山の映画祭で熱烈な歓迎を受けたようですが、あわせて日本の文化も)みてもらう、というのはとても素敵な現象だと思います。
この作品は大正時代が舞台でしたが、当時の社会風俗について、若い人たちは理解できるのかなぁと思うのです。(「勅許」とか「遊郭」とか、夫でさえもよくわかっていなかったので。)もっと普通にこういう作品に触れて、馴染んでほしいと思います。
それはわたしたちのルーツでもあるのですから・・・。
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by chiemhana | 2005-11-07 17:09 | 映画

東京国際映画祭2005~その3~

再び六本木へ。
今回は仕事が終わった後、ちょっと急いで駆けつけた感じです。

見たのはシンガポール映画『一緒にいて』(BE WITH ME)
妻の死を乗り越えられない年老いた雑貨店主。
美しいOLに思いを寄せるコンプレックスを抱えた警備員男性。
同性に恋心を抱き、難航するその恋に苦しむ女子高生。
まったく関係のないように見える3人の、それぞれの愛の形。
それらを繋ぎまとめるのは、聴覚と視覚を失った女性がつづる自伝。

この映画、まず驚いたのはセリフがほとんどないこと。
雑貨店主は、息子に「食え」って言っただけ。
女子高生2人もセリフはなく、やりとりはメールの文字だけ。
警備員男性も、食堂で何かを注文するセリフだけです。

それで、ずっとこの調子で進んだら飽きてしまうのではないか、とセリフが極端に少ないことに気づいた序盤、不安になりました。
でも、余計な心配だったみたいです。次々と入れ替わる三つの愛の話。どんどん気持ちが引き込まれていきます。
そして中盤からはさまれるやや舌足らずな印象の朗読。それは聴覚視覚を失った女性(テレサ・チャンという実在の人物です)が自らの自伝を朗読しているのです。
はじめは映像で表現される3人の愛の物語と、彼女の自伝の朗読そして現在の彼女の生活は、まったく関係がないようにみえます。
でもそれは、少しずつ、言葉ではうまく説明できないのですが、共鳴しあってくるのです。

3人の愛はそれぞれに歪みがあります。
特にストーカーまがいの警備員、同性愛の女子高生は、社会的に見れば異端です。(そして、警備員は成長過程で受けた愛に問題があるようだし、同性愛の女子高生も家庭や親からの愛に問題があるようにみえます。)
でも、根底にある「一緒にいたい」という気持ち、抱え持つ愛は純粋で切実です。
終盤、関係の見えなかった3人の繋がりが徐々に浮き彫りになり、意外な事実も発覚します。
そうして愛の物語として劇的な終末を迎えるとともに、テレサ・チャンの存在によって、その愛は普遍的なものであることが印象付けられます。

実は、わたし、ラストで号泣してしまいました。
それは雑貨店主のエピソードによります。
この雑貨店主は、しゃべることもなく、始終無表情です。そんな彼はヘルパーとしてテレサの下へ通っている息子の計らいで直接彼女の自伝を読みます。それに励まされ、彼女のために得意の料理に精を出し、徐々に気力を取り戻します。そうして妻の死を乗り越えたかに見えたのです。ところが、ふとした瞬間に妻を失った悲しみに襲われ、雑貨店主は大粒の涙を流すのです。
それまで喜びも悲しみも顔に表すことのなかった男が不意に涙をこぼし、息を堪えて泣いているのです。そこに、悲しみへつながってしまう愛をみたように感じました。


今回ティーチインはなく残念でしたが、そういう楽しみ以上に深い余韻を残した映画でした。


余談ですが、そのテレサ・チャンという女性はすごいです。
幼い頃、始めは聴覚を、次に視覚を失いました。当時彼女は広東語しか使えなかったのですが、現在の彼女は英語を話します。プールで泳ぐこともできるし、一人で料理もできるのです。
彼女のその存在、生き方には頭の下がる思いです。同時に力を与えられもします。
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by chiemhana | 2005-10-30 09:30 | 映画

東京国際映画祭2005~その二~

さて、『キャッチボール屋』を見終え、予定のある妹と別れまして、今度は仕事を終えて六本木へ駆けつけた夫と合流。
再び映画館へ。

『モンゴリアン・ピンポン』を鑑賞しました。
モンゴルの美しい大草原で、のびのびと元気に暮らす子どもたち。
仲良し三人組の一人が、ある日川へ水を汲みに行ったところで、流れてきた白い球を発見。
実はそれはピンポン球なのだが、彼らはピンポンを知らない。大人に聞いてもその球の正体はわからない。
そういえば前におばあちゃんが「川の上流には神様が住んでいる」って言ってた!「おばあちゃん、この球は神様の宝物?「そうだよ。それを拾ったお前には、きっと良いことがあるよ」とおばあちゃんがいうから大騒ぎ。
それを妬んだ年長の少年たちにはいじめられるし、3人でその球に夢中になるあまり帰りが遅くなったり、他のいたずらがばれたりで、お母さんにはひっぱたかれるし・・・
そうこうしているうちに、実はその球は神様の宝物ではなく、ピンポン球だということが判明。
でもピンポンて何?
「ピンポンは国の球とも言えるでしょう」という映像の映らないTVから聞こえたその言葉で、彼らは「国の球なら国に返さなくちゃ!」と北京を目指したりします。

純粋ゆえにおかしさを誘う子どもたちやモンゴルの人たちの反応が、なんとも言えず味わい深いです。
気持ちのよい笑い(あくまでも純粋な笑い)と、ちょっぴりハラハラしたり、切なくなったり、どれも爆発的なものではないんだけど、でも印象深い。
そして何よりロケーションが素晴らしいです。どのシーンをとっても、美しい。
どこまでも続く草原。蛇行する川。美しい空。真っ白な雲。雨上がりの虹。駆ける馬。
見てよかったなぁ、と思える後味のとてもよい映画でした。

さて、こちらのティーチインは国際的でした。
ゲストはニン・ハオ監督お一人。
でも監督のための中国語通訳さんと、会場にいる英語話者のための英語通訳さんが並びます。
客席から質問が出ると、英語通訳さんがマイクを通して英語に訳し、中国語通訳さんは監督へ通訳。監督からの答えがあると、中国語通訳さんがマイクを通して日本語に訳し、再び英語通訳さんが英語で訳す。という手順。

客席からの質問に対しての監督からのお答えを簡単にまとめてみます。

まず、役者たちはほとんど現地に暮らす素人さんたち。そして親子はほとんど本当の親子だそうです。
子役たちは就学前で文字が読めなかったので、通訳を通して(監督はモンゴル語ができません)口頭でシチュエーションや演技の指導をしたそうです。
当初、ピンポンを題材にしたキッズムービーを撮ってくれないかというオファーだったそうです。しかも、天才卓球少年だか少女だかの映画。でもそんな展開も結末もわかってしまうようなつまらない映画は撮りたくなかった。悩んでいるときにふと目にした草原のポスターからインスピレーションを受けて、このような映画になったそうです。そして実際に内モンゴルの人たちはピンポンに関心がなく、知らない人も多い。スポーツといえば相撲、乗馬、弓なのだとか。
雨に降り込められ2日立ち往生したこともあったが、ほぼ予定通りの撮影日数だった。雨上がりにでた虹は即興で組み入れた。雲の流れが速く、苦労したといえば雲の流れ待ちだったそうです。

実は、わたしも質問してみました。
意外と質問者が少なかったことと、まずは「おもしろかったよ!」という感想をぜひ伝えたかったのです。
緊張しました。そして、マイクを通して反響してくる自分の声にびっくりして、うまくしゃべれませんでした。でも、きちんと納得できるような答えをくれる誠実な監督の姿勢にまた好感を高めました。隣に座っていた夫は、もっと緊張していたみたいです。

それにしても、わたしの隣に座っていた女性も、夫の隣に座っていた男性も、日本の方とお見受けしましたが、監督の話にうんうんと頷いていたのです。中国語(北京語でしょうね)をわかる日本の方って、結構いらっしゃるんですね。


とにかく、とっても素敵な映画でしたので、公開されたらぜひご覧になることを、おすすめします。
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by chiemhana | 2005-10-28 12:09 | 映画

東京国際映画際2005~その一~

行ってまいりましたー!東京国際映画祭!!
何ヶ月も前から、いえ、去年の映画祭に行って以来ずっと、楽しみにしていたんです。
別に特別なことをするわけではありません。
わたしたちはただ映画をみるだけです。
でも、映画祭特有の雰囲気があるんです。

わたしが映画祭にみるその醍醐味は
①公開前の映画がみられる(もしかしたら公開されないかもしれない作品もあり)
②ティーチインがある
これです。

何よりティーチインは、監督や役者さんなど、映画の製作に携わった方々の生の声がきけるのです。あわよくば、自分の質問に答えてもらえたりする。すばらしいことです。

そういうわけで、一ヶ月ほど前から夫と作戦会議。
今回は「キャッチボール屋」と「モンゴリアン・ピンポン」をみることに。
「キャッチボール屋」は大崎章監督の日本映画。実は…わたしの好きな大森南朋が主演しているということで選びました。(だって!生で見られて声が聞けるんですもん!)
「モンゴリアン・ピンポン」はそのタイトルとあらすじで決めました。これはよさそう。

日曜日。
午前中は仕事をして、昼から六本木へ。
やはり仕事の夫にかわって、妹と。
ランチを済ませて、いざヴァージン・シネマへ。
まずは「キャッチボール屋」。
なぜか上映前に舞台挨拶。
松重豊さん(舞台をよく見に行っていました。その頃と同じようでちょっと違う雰囲気。)、キタキマユさん(透き通るように白い肌がとっても綺麗で可愛い方でした。)、そして大森南朋さん(帽子を目深にかぶって顔がよくみえませんでしたが、でも、カッコ良かったです☆)、そして監督の大崎章さんが登場。一言二言ずつコメント。
「上映後のティーチインでも再登場なさいます」と言っていた割には、退場するとすぐに「大森南朋さんはスケジュールの都合でティーチインには参加なさいません。」って、主演なのに!!だから上映前に舞台挨拶か!でも仕方ありませんね。(諦めが早い。)

映画は、桜の花びら舞う春の数日間、公園を舞台に、のんびりと淡々と描かれる人間模様。登場人物それぞれが、忘れてきたものを思い出し、とりかえし、そして次の一歩を踏み出していく、そんな暖かい、のほほんとした映画でした。
ティーチインでは、撮影時の苦労話、笑い話、裏話が披露され、とても楽しかったです。それを踏まえて、公開されたらまた見てみようかと思ってしまいました。

来年公開予定だそうです。

・・・その二へ続く・・・
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by chiemhana | 2005-10-25 22:42 | 映画

『チャーリーとチョコレート工場』

やや下品なおとぎ話。

チャーリーは町外れの小さく粗末な家に、4人の祖父母と両親と一緒に暮らしている男の子。彼の家はとても貧しい。でも家族7人は温かく支えあい、ささやかな幸せを糧に生活しています。
彼の町の中心には、ウィリー・ワンカ氏の巨大なチョコレート工場。一年に一度、誕生日にしかチョコレートを食べることが出来ず、それらしいおもちゃも持っていないチャーリーにとっては憧れのチョコレート工場。父親が勤めている歯磨き粉工場で時々くすねてくる歯磨き粉チューブのキャップで、チョコレート工場の模型を作って楽しんでいます。
チャーリーの祖父の一人ジョージおじいちゃんは、かつてそのチョコレート工場に勤めていたことがあり、ワンカ氏の類まれな才能のこと、夢のようにすばらしい工場の話を聞かせてくれます。しかし、スパイが潜り込みレシピを次々と盗まれたことから、ワンカ氏は従業員を一斉にリストラ。以来、工場内に出入りする人間をみた者はなく、しかし依然として生産、世界中に出荷される超人気のワンカ・チョコレートが一体どうやって作られているのかは謎に包まれたまま。
あるときワンカ氏は、商品に5枚だけゴールデン・チケットを滑り込ませ、そのチケットを引き当てた子ども5人を工場に招待、中を見学させると宣言。世界中でワンカ・チョコレートの争奪戦が繰り広げられ、やがてゴールデン・チケットを手に入れた子どもたちが次々に現れます。
天の恵みのような偶然からゴールデン・チケットを手にしたチャーリー。ジョージおじいちゃんと一緒にワンカ氏のチョコレート工場見学へ出かけますが…。

はじめに書いたように、これはあくまでもおとぎ話です。どんなにリアリティを持って表現されていようとも、現実風刺をしていようとも、あくまでもおとぎ話なのです。
おまけに決して上品ではありません。
そこのところを踏まえた上で見ることができれば、これは極上のファンタジー映画になります。出来もすばらしいです。非の打ち所がありません。
映像も美しいし、キャラクター造形もすばらしい。衣装やメイクも良くできているし、音楽がこれまた良いのです!(サントラを買ってしまおうかと考えています。)ところどころに挟み込まれる小さな仕掛けも笑えます。
そして見終わってみれば、実に美しいテーマが隠されています。
最後の最後で、本当の(下品ではない)ファンタジーに姿を変えるのです。

残念ながら原作を未読ですし、ティム・バートン映画を多数見ているわけでもありませんので、それらとの比較はできませんが、とにかく、面白い映画であることには間違いないです。
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by chiemhana | 2005-10-08 13:38 | 映画

『メゾン・ド・ヒミコ』

小さな塗装工会社で事務員をしているサオリ。経済的な苦労と、ある日突然ゲイになって家族を捨てた父への恨みから始終仏頂面をしている。
そんなサオリの元へ、父ヒミコの恋人だという若く美しい青年ハルヒコが現れる。ヒミコは癌を患っており、余命いくばくもない、そんな父の元へ会いに来て欲しい。拒絶するサオリに、ヒミコの経営するゲイのための老人ホームで、日曜日に雑用のアルバイトを持ちかけるハルヒコ。
仏頂面で悪態をつき、ホームの住人たちと衝突しながらも、次第に打ち解け、仲良くなっていくサオリだが・・・。

父との葛藤、ハルヒコとの間に生まれる恋に似た感情、押し殺してきた感情を吐露することで次第に自分自身を取り戻していくかのようなサオリ。
映画は、「ゲイ」「差別」「老い」「死」「家族」「愛」「恋」そんなことを描いていきます。
(折り目正しい、お盆の迎え方も!)
重いテーマとコミカルな笑いのシーンを織り交ぜ、じーんときたり、くすくす笑ったり、そのバランスは絶妙。
別世界の話のようで、実はとても身近な事柄を描いていたりして、身につまされる思いもしたり。
ラストはほろ苦いハッピーエンド。とても中性的。
しかし、これ以上にすばらしいラストは考えられないでしょう。

さて、キャストについて。
柴咲コウ。わたしこの人があまり好きではありません。何となく、なんですが。きれいな人だと思いますよ。(今回は「メイクダウン」して役に挑んでいるようですが、どうしたって彼女が美人であることには変わりありません。)
でも。この作品の彼女はすばらしかったです。私の中の好感度がぐーんと上がってしまいました。
そしてオダギリジョー。以前から「どちらかと言えば好き」でしたが、この人も、わたしの中の好きな人ランキングを一気に駆け上がってしまいました。何ともいえない色香があるし、気丈さと脆さの同居するハルヒコを見事に体現していました。すばらしいです。
その他、ホームの住人たちも皆さんすばらしい。

映画そのものについて。
点数をつけるとしたら。97点くらいです。
ほんのいくつか辻褄があわないのが気になったくらいで、ストーリーよし、構成よし、脚本よし、キャストよし、ロケーションよし、音楽よしと全て揃った優れものです。
わたしの大好きな作品のひとつに加わりました。


追記:最初の投稿時、ヒロインの名前を間違えておりました。正しくは「サオリ」です。どこからその名前がでてきて間違えたのか・・・不明です。(以前に柴咲コウが演じたことのある役名でしょうか。)妹に指摘されて、「そうだ!」と慌てて訂正したところです。お恥ずかしい・・・
プログラムなどの資料を手元に置かずに書いているものですから、他にも間違いがあれば、指摘してください。
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by chiemhana | 2005-10-03 18:57 | 映画

『ヒトラー 最後の12日間』

観てから一週間になるのですが、なかなか文章にできずにいます。

ヒトラーが地下壕で自殺するまでの最後の12日間を、主に、彼の秘書をつとめた女性の視点から描いたもの。
敗色が濃くなり、幹部の意見も乱れたまままとまらない。
しかし彼らは「負け」を認めたり「降伏」することを受け入れられずに、多くの市民を巻き添えにして、最後の戦いは凄惨なものになっていきます。
ゆらぐナチズム。
悩み苦しんで神経を細らせていくヒトラー。

わたしはここに描かれた戦いの、歴史的背景をほとんど知りません。
(ナチスによるユダヤ人虐殺については、ある程度知っていますが。)
それゆえか、ここに描かれた一つの愚かな戦いとそれを動かしていた人たちの姿は、決して特別なものではない、という印象を持ちました。
これはある意味、普遍的なものなのです。
わたしが思い当たった一つのことは、他者を受け入れられない者は、自らをも破滅に導く、ということ。
この場合、他者とは、容姿や考え、立場などあらゆる種類の、自分とは違ったものを持っている者のことです。

ヒトラーとナチズムの崇拝者であったゲッペルス夫妻は、「非ナチズムの社会で子どもを育てたくない」と、自らの手で子どもたちを殺めます。もちろん、喜んでそんなことをしているわけではなく、彼らは非常な苦悩の末、その行動に至ります。
自分たちが“敵”と考える相手との「共生」という選択肢を選ぶことができれば、あのようなことにはならなかった。でも、彼らにはそれができなかった。

ヒトラーも、もちろん負けを認められない。しかも彼の“敵”は未だに、(もはや抵抗力のない)ユダヤ人。そして自ら命を絶つことを選びますが、晒し者になるのはイヤだと、死後の体や遺物の処理を強く指示します。多くの市民や兵士たちが無惨な死に様をさらしているというのに!彼は自分以外の誰をも、受け入れられなくなっているのです。
ここに描かれたヒトラーをみる限り、決して狂気の沙汰ではないのです。ただ、他者を受け入れられず、自分のプライドの保守のみを考え、歴史に名を残すことばかりに気を取られていただけで、苦しみつつ考え抜いた末の決断に見えます。
それ自体が狂気?いいえ、決してそうとは言い切れません。ある瞬間に、自分の立場と周囲の状況が見えていない人、たくさんいます。自分だってそういう時があります。

この映画について考えれば考えるほど、自国の過去の行いが思い起こされますし、今でも地球上のあちこちで起こっている悲しい事件のことが思い起こされます。

全ての根本にあるのは、「あの人がキライ」という小さな憎しみと「自分こそが正しい」という小さな奢り。
自分の胸のうちにある小さな感情と、あそこで起こっている悲惨な戦いは、決して無関係ではない、ということを心に刻んでおきたいと思います。
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by chiemhana | 2005-08-01 11:21 | 映画