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カテゴリ:映画( 59 )

『西の魔女が死んだ』

映画『西の魔女が死んだ』を観てきました。

わたしは去年だったか、原作を読みました。

西の魔女が死んだ (新潮文庫)梨木 香歩

通信制の学校で講師をしはじめたとき、教室で、課題もそっちのけで(笑)熱心にこの本を読んでいる生徒がいまして、わたしはその時この作品のことを知らなかったので、「おもしろい?」とたずねたのですが、相手は返答に困っていました。
読んでみて、なるほど返事に困るわけだと納得しましたけれど。


中学に通い始めたまいは、ある日から学校へ行けなくなってしまう。
そこで、山の中で自給自足の生活をしているおばあちゃんのもとで一緒に生活をすることになるのだが、イギリス出身のおばあちゃんは、なんと魔女だった!
自分もその血を受け継いでいるのならば魔女になれるだろうかと、おばあちゃんの指導のもと魔女修行を始めるまい。
でもその魔女修行とは、日常生活をきちんと送ること、そして何でも「自分で決める」ことだった。。。


原作を読んで思ったのは、とにかく、とてもいい作品だということ。
中高生の間でバイブルのように愛され、親しまれているのがよくわかります。
まだ読んでいない子がいるとしたら、ぜひ読んでもらいたいと、心ひそかにではありますが、切望したものです。

まいが経験したような心の痛みは、誰でも、多かれ少なかれ味わってきているはず。
わたしも、然り。この物語のおかげで、当時の心の痛みが癒されるようでした。
そんな具合に、大人にとっても満足できる作品だと思います。
何よりも、おばあちゃんのような、山での自給自足生活!憧れますねぇ~♪


そして映画は、その物語のすばらしさを損ねるようなものではなく、むしろ自然に触れる機会の少ない現代の若い人たちには、文章で描かれるまいとおばあちゃんの山生活を、そのまま映像で目の当たりにできるという、付加価値も備わったものに仕上がっていたと思います。



とはいえ、わたしは原作ですでに感動済みだったので、映画ではそれほど心動かされることもなかったのですが、原作をしらない夫は大感動だったようで、隣で見ながらよく笑ったりしていたのに、終盤にさしかかると微動だにせず身をこわばらせているので、「コイツ泣いてるな・・・」と思っていたのですが、案の定、涙をこらえるのに必至だったとのこと。(意外と、乙女のような心をお持ちのようです。。。)
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by chiemhana | 2008-07-08 11:53 | 映画

ぐるりのこと。

せっかく初日に行ったのに、記事にするのがすっかり遅くなってしまった・・・
映画『ぐるりのこと。』を観てきました。


カナオと翔子、一組の夫婦の10年の軌跡。
山があったり谷があったり、嵐に巻き込まれたり。。。
いろいろなことがあるけれども、不安定ながら確かな、細く頼りないけれどもしっかりと強い絆を築いていく二人の姿を、彼らを取り巻く親兄弟たちのエピソードや、法定画家としてカナオが目の当たりにする裁判の様子を織り交ぜながら描いていくという、秀逸な作品でした。

人それぞれに、ぐっとこらえている悲しいことや腹立たしいことがあり、その代わりにささやかな幸せがあったりもする。

このくらいのことなら、ぐっとこらえてみよう、とか、こういうことに恵まれていて、自分は幸せだなとか、観た人それぞれが、少し優しい気持ちになれる、そんな映画ではないかと思います。


久々の土曜休みだったので、よし映画に行くぞ!と決意し、夫が一緒に行ってくれないとわかっていたこの映画をチョイス。
運良く朝一の上映回には舞台挨拶もあったので、妹を誘って、早朝の渋谷へ。


監督が、人との出会いやご自分の経験など、一つ一つを大切にしながら織り込んで、6年という歳月をかけて完成にたどり着いたという、まるでその一つ一つが美しい模様として浮かびあがる夏に纏う爽やかな麻織物を思わせるような作品でしたが、観終わるとほっこりと温かな気持ちも残るのです。


どなたにもおすすめしたい映画ですが、でもできれば、R30、かなぁ。
より良さをわかるのは、ある程度年を重ねた人ではないかと思うから。


夫婦ってなんだ?わたしはどうして結婚してるんだ?って、日々自問して、3日に1度くらいは「別れてください」と夫にお願いしているわたしですが(ヒドイ嫁ですよねぇ)、何となく、それでもいいのかもしれないなぁ、と思いました。そうやって、日々を積み重ねていくものなのかもしれないなぁ、と。


それにしても、リリー・フランキーは良かったなぁ。
惚れちゃいそうでした。
木村多江は、途中、弥勒菩薩さまのようにみえました。。。
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by chiemhana | 2008-06-10 10:16 | 映画

『ラスト、コーション』


セクシャルなシーンが話題になっている、アン・リー監督の映画『ラスト、コーション』を観てきました。

確かに、納得のR-18指定ではあります。

しかし観終わってみるとそれについて特に強烈な印象が残っているわけでもない。。。


抗日運動を展開する学生グループ。
親日派のキーマンであるイーの暗殺を目論み、裕福な若妻マイ夫人を装ってイー夫妻に近づく、美しいワン・チアチー。
彼女の美しさにのめり込むイーと、マイ夫人を演じながら次第にその「役」に埋没していくワン。
果たして暗殺計画の行方は・・・



何とも、美しい映画でした。
まず女たちの化粧、衣装、立ち居振る舞いの美しさ。
古き佳き、そして悲しい時代を写す映像美。
また微細な感情を現す俳優たちの表情。

ワン・チアチーを演じるタン・ウェイは、瞳の奥に虚無感をたたえながら、時に幼く、時に上品に、また時には妖艶に、微笑を浮かべます。
『グリーン・デスティニー』でチャン・ツィイーを初めてみた時にも「!」と思いましたが、今回タン・ウェイを見て同じように、いやそれ以上に「!!」と思いました。(言葉には表せません。)
それにやっぱり、トニー・レオン♪(・・・大好きなのです・・・)
もともと「人知れぬ孤独を抱えた男」の役が(本人もそうなのでは、と思わせられるほど)よく似合うのですが、弱さを強さで覆い隠し、常に不信と死の恐怖に付きまとわれる軍人イーを瞬時に表現しており、感服いたしました・・・何かまた1つ突き抜けてしまったかのような印象です。

そして哀しい映画でもありました。
二人の逢引のシーンは、どちらかと言えば、ちっともセクシーではないのです。
体をぶつけているようで、実は自分の孤独や恐怖、やるせない思い、もしくは魂そのものをぶつけているかのようなイー。
対するワンも、演じている部分がどんどん自分の「素」の部分を侵食し、自分が負った使命と、イーの求めの狭間でひきさかれている。
愛やそれに伴う喜びの欠落した、何とも切なく悲しいラブシーンでありました。


クライマックスからラストへかけても、二人の表情からとても多くのことが読み取れる、感じ取れるようで、本当に素晴らしかったです。



でもこれは、観る者を選ぶ映画ではないかと思います。
R指定だからではなくて。
わたしも、もう少し若かったら、この二人の苦悩をどれだけ理解できたか怪しいところです。
別に政府の要人やスパイでなくても、だれもが演じている自分、押し殺している自分があって、そういうところに訴えかける映画のように思えます。

人生の苦味を味わった大人に、ビターチョコレートのような一作。



なーんちゃって、まだまだ、お子ちゃまなわたしですが。。。
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by chiemhana | 2008-02-14 14:12 | 映画

『潜水服は蝶の夢を見る』

普段より多いくしゃみに(わたしはほこりや温度差に反応する典型的なアレルギー性鼻炎なので、くしゃみと鼻水は日常)、「もしやスギ花粉!?」とビクビクしています。


さて、本題に入りまして、『潜水服は蝶の夢を見る』を観てきました。


雑誌ELLEの編集長として、また父親として、そして恋多き男として人生を謳歌していたジャン=ドミニク・ボビーは、ある日脳梗塞で倒れ、全身の自由を奪われる。唯一動くのは左目だけ。
言語療法士のアンリエットは、その左目の瞬きを使ったコミュニケーション方法を彼に教える。
初めは自分の置かれた状況を悲観し、死を望んでいたジャン=ドーも、次第に自分の持つ鮮明な記憶と豊かな想像力に希望を見出し、瞬きによって本を執筆し始める。。。


人生の喜びと悲しみに満ち溢れた、キラキラとした素敵な映画でした。

まず思ったのは、コミュニケーションの重要性でした。
ジャン=ドーは意識は鮮明。自分ではしゃべっているつもりだが、口が動かせず、相手に伝わらない。
映画の多くの場面は彼の視点から描かれており、彼とともにわたしも「伝わらない」ジレンマを感じました。
意思の疎通ができるってなんて素晴らしいことなんだろう、伝わらないってなんて悲劇的だろう、と思いました。
また、「わたしは相手のことをきちんと聞き取っているだろうか?」という反省にも似た思いも。
医者や看護士、見舞いに来る友人たちは、ジャン=ドーからのレスポンスが「聞こえない」からと、彼の前で勝手にしゃべりまくり、意思確認をしようともせず話をすすめていってしまう。
普通に話していても、自分の言わんとしていることが相手にきちんと受け止めてもらえなくて、イライラしたり、悲しい気持ちになったりします。なので、ジャン=ドーのやるせない気持ちがよくわかると同時に、自分はそうではなかったか?とすごく自信をなくしました。
これからはきちんと聞こう。
それから、わたしたちは、常に今より以上のものを求め不満を覚えますが、一度見方を変えてみれば、世の中は美しいものや幸せなことに満ち溢れているのだ、ということを教えてくれる映画でもありました。



映画としてすごく印象的だったのは、彼が1文字ずつ単語を伝えていくうちに、聞き取っている相手の表情が変わっていく様子を描いたシーン。
そういうシーンは何度か出てきます。それは嬉しい言葉だったり、悲しい言葉だったりするわけですが、フランス語のわからないわたしにも、その変わりゆく表情から、彼が何を言おうとしているのかが読み取れる。切なくて、愛おしいシーンでした。




余談ですが、一緒に観た夫は、ジャン=ドーをとりまく女性たち(彼の周りには常にたくさんの女性がいました。健康だったときも、倒れた後も。)の区別がつかず、よくわからなかったというのです・・・!それって、大丈夫なの!?
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by chiemhana | 2008-02-12 10:19 | 映画

『リーロイ!』@東京国際映画祭

今年も始まりました、東京国際映画祭。
20回目だそうです。
始まった頃を何となく覚えているけど、最初は結構こじんまりしていたように思う。Bunkamuraの中だけだったのでは?(その頃実際に足を運んでいたわけではないので、確かではありませんが)
今は華やかですよね。
実は、オープニングもしくはクロージングに招待してもらえないかと画策してみたのですが・・・もちろんムリでした。でも招待された人はタキシードを新調するのにウン十万もかかってしまったそうで・・・その出費は痛いですね。それはそれで、ま、よかったかな。でも、いつかは・・・!

そんなことはさておき、
コンペティション部門の『リーロイ!』を見てきました。
ドイツの映画です。

アフロヘアーがトレードマークのリーロイ。父は黒人で発明家、母は役所に勤める白人。その両親からとても愛情を受けて育っている、賢くてチャーミングな少年。
ある時1学年下のエーファと出会い、二人は互いに一目惚れ。
ところが、彼女の家族はネオナチ一家。彼女の5人の兄弟たちは「ニガー」であるリーロイを目の敵にする。
彼女が好きだという気持ち、自分のアイデンティティー、様々な葛藤を経て、リーロイがたどり着いた結論とは!?


ドイツ事情に詳しくありませんが、ティーチ・インでの質疑応答から察するに、日常的に人種差別が横行しているのが現状のようです。
で、これはその差別という問題に対して、「原因はどこにあるのか?」「それでいいのか?」と疑問を投げかけるような作品になっています。
とはいえ、シリアスではなく・・・ものすっごく楽しい、コメディーなのです。

監督のお話では、予算の関係で当初の思惑とはかなり違う選択をし続けた結果の作品のようだけれど、「それでよかったじゃん!」と祝福したくなるような、素敵な映画でした。
主演の二人はとてもチャーミングだし、脇を固めるキャラクターたちもみんな良い味だしてるし、台詞のテンポも良くて洒落ている、そして音楽がカッコイイ!
何より、リーロイとエーファの、既成概念に囚われない価値観と選択、行動は小気味良いです。
リーロイがまた、可愛いんだよなぁ。そう言えば子どものころ、自分が大人になったら肌の黒い子どもを養子にもらおうなどと考えていたことを思い出しました。


とにかく、とてもとても素敵な映画でしたので、公開されたらぜひ、たくさんの人に観てもらいたい。。。

あ、今ならまだ24日に上映があるので、チャンスです!
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by chiemhana | 2007-10-23 11:30 | 映画

『めがね』

『バーバー吉野』『かもめ食堂』に続く、荻上直子監督の最新作。

『バーバー吉野』も面白かったけれど、何しろ『かもめ食堂』はわたし的にど真ん中のストライクで、あまりに気に入ったのでDVDも購入してしまったほど。

待ちに待った『めがね』を観てきました。


どこか、たぶん南の方の島の、海辺の美しいところ。
そこにひっそりとたたずむ民宿ハマダ。
大きなスーツケースを引きずってやってきたタエコは、客であるにもかかわらず、客らしいもてなしを受けることができない。むしろ、お客でもないのに、ハンドバック1つで毎年春になるとやってくるという謎の来訪者サクラさんの方が、珍重されている。
そこではみんな「たそがれる」ことが得意で、毎朝サクラさんの指導の下「メルシー体操」を行い、サクラさんの氷を食べて、ゆったりと時を過ごしている。
そこになかなか馴染めないタエコだが・・・


劇場入り口の券売所でわたしがチケットを購入している間、夫は若いカップルの会話を耳にしたそうです。

男子「あ~『めがね』。オレ、ああいう“ゆるゆるだらだら”な映画、ダメなんだよね~」女子「わかるぅ~。あたしも~。」

ほほう。「ゆるゆるだらだら」ねぇ。

確かに、この映画が何でできているかというと、美しいロケーションと、美味しそうなごはん、ほんの少しの会話(セリフ)と、穏やかに流れ行く時間、そんなもので構成されています。
ゆったりながら、しっかりしたストーリー展開を持っていた『かもめ食堂』とはまた違うので、”行間を読む“のが苦手な夫も、心の底からはこの映画を楽しめなかったみたい。


でもやっぱり、わたしは「いいなぁ」と思ってしまいます。
だって、タエコさんみたいに南の島でのんびり過ごしてみたいし、ハマダの朝ごはんはとても美味しそうだし(いつかハマダのような民宿をやりたいなぁ)、サクラさんの氷がものすっごく食べた~い。

でもそれだけではないのです。
わたしが「いいなぁ」と思ってしまうのは、この映画が「絶妙な距離感」を描いているからだと感じます。


ああいう上手な距離感を保つのが難しい今日このごろ。
境界線をつい踏み越えて、ずかずかと”侵入“してしまったり。
逆に、それを恐れて最初から関わるのを諦めてしまったり。
むしろ拒否してしまう、など。

彼らは、美味しいものが手に入ったから、とか、せっかく一緒にいるから、というような感じで、食事は共にするけれど、でも互いの詳しい素性などは知らない。
ある意味ギヴ&テイクが成り立っているから、それで充分なのです。
あ、ただしこの場合のギヴ&テイクは、物理的・金銭的なものではありませんけどね。


こうやって書いていたら、もう一度観たくなってきてしまった。
あ~、それにしても、サクラさんの氷、本当に、食べたいなぁ~。
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by chiemhana | 2007-10-07 07:54 | 映画

『シッコ』

マイケル・ムーア監督の最新作、『シッコ』をみてきました。

アメリカの医療制度の現状を捉えた、ドキュメンタリー問題作です。

どうだったかって?

いやー、怖かった、怖かった、怖かったー!
アメリカでは、医療保険に個人で入るのだそうですね。
まず、それに入れない(そこにお金をかけられない)人がたくさんいます。
そういう人が怪我をしたり、何かの病気になって治療が必要なとき、
その治療費はもちろん払えません。
イコール、怪我や病気がひどくなるのを待って、果ては死に至るだけです。
あぁ・・・怖っ。

それから、保険に入っていても、安心できません。
病院でお医者様に「あなたは○○病なので△△治療をします」と言われても、
保険会社がその病気を否定したり、「その治療は不要」とか言ってくれます。
お金を支払いたくないからです!
あぁ・・・怖い、怖いっ。

(この他にも、恐ろしいエピソード満載です。
でも、けっこう笑えるし、ちょっと泣けます。)

こういうシステムを日本も踏襲しようとしているという噂を耳にしたのですが、
誰か嘘だと言って下さい!!
(現在の日本の制度だって、アメリカよりはまだましだけど、手放しで「すばらしい!完璧です!」とは言えませんね。)


マイケル・ムーア監督のドキュメンタリーは、
監督の主張が色濃く出ていて、
純然たるドキュメンタリーといえるのかどうか、わたしにはわかりません。

でも、知らなかったことを知るきっかけにはなっていると思います。
現に、わたしはこうして知りえたわけですし。

だから、とりあえず、
皆さん見ておいたほうがいいです。

それが「ほんの一部」とは言えないほどの割合で起こっている事実があるのですから、
何がしかのムーブメントが起こって、快方へと向かってくれるといい
と、切に願います。

こういうことは、おそらく、
その制度により害を被った人よりむしろ、
恩恵を受けている人たちが気付かないといけないのでしょうけれど。




+肝心なことを書き忘れました。
 映画を観ている間中、思っていたことがありました。
 「病気にならないにこしたことはない!」ってことです。
 自分で予防していれば罹らずにすむ病気なら、
 罹らない方がいいです。当たり前です。


++でも、自分はどうしようもない生まれ持ったものもあります。
   そういう人が安心して治療を受けられるような、
   そういう制度は絶対必要だと思います。

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by chiemhana | 2007-09-03 17:39 | 映画

『怪談』

映画『怪談』をみました。

三遊亭園朝の『真景累ヶ淵』という噺が原作です。
これ、1日に1時間ずつ15日かけて行われる噺なのだとか。
壮大な物語ですね。
岩波文庫から本もでているようなので、いつか読んでみたいものです。


下総の国、羽生村。皆川宗悦は深見新左衞門の屋敷へ借金の取立てにいったところ、金は返してもらえず切り殺されてしまう。
「深見様、お怨み申しあげますぞ」
新左衞門は宗悦の亡骸を箱に入れ、鎌を魔除けとしてくくりつけ、沈めると二度と浮き上がってこないという「かさねが淵」に沈めるが、その後深見家に不可思議な不幸が度重なり、ついには新左衞門が妻を殺め自らも自害をしてお家断絶となる。
それから25年後の江戸、深川。富本の師匠志賀と煙草売りの新吉は親子ほどの年の差ながら、恋に落ちてしまう。何の因果か二人はそれぞれ宗悦の娘と、新左衞門の息子。
すっかり新吉に惚れ込み、評判を落としてみるみる弟子も減っていく志賀。
新吉との口論から志賀は顔に傷を負うが、それがもとで命を落としてしまう。
「この後女房を持てば必ずや取り殺すからそう思え」
―そこから新吉の地獄の道行きが始まる―


と、ちょっとオーバーだったかしら。。。

わたし、ホラー映画は苦手です。
ただ、これはあくまでも「怪談」だろうと思っていました。
確かに、全体的にはやっぱり「怪談」なのです。
どちらかというと、「うらめしや~」的な。
でも、途中、「それはルール違反では?」と思うようなホラー演出が。。。
もう、そうなってしまうと、いつまたアレが出てくるかと気が気ではなくて、集中できませんでした。

そんなわけで、見終わった直後は腑に落ちない点がいくつもあったのですが、
後からあれこれ考えてみると、いろいろな解釈が出来る、
奥の深いお話になっていたように思います。


妹と2人で見たのですが(どちらも夫は見たがらず。でも、男性は見なくて正解かも!?)、妹は「びっくり屋」。
ただでさえ映画のシーンに驚かされているのに、
隣に座った妹の反応に、2重にも3重にも驚かされます。
こういう映画を一緒にみる相手としては、ちょっと微妙でした。。。

それから、妹は尾上菊之助について
「『こんなにきれいな顔で』って言われたり、あんなにモテるのが理解できない」
と言っていました。
うーむ、その意見、わからなくはない。
わたしは、女優さんたちより化粧が濃く見えるのが気になりました。
しかし、すごく良かったのです。
何ともいえない色気があるし、
それに、すごく優しいかと思いきやふと冷酷になったり、
頼りなく見えたかと思いきや途端に力強くみえたり。
それが”豹変する”という感じではなくて、ごく自然な流れで変化するのです。
それは、生来の優しさに加えて何かに憑かれているようなところのある、
新吉にぴったりでした。

それから、着物姿の黒木瞳の、身の所作が美しかったなぁ。。。



後日、妹から「怪談」というタイトルで送られてきたメールには、
こんな写真が。

d0058543_16531349.jpg


・・・踊っているようにも見えますが、これはハルというヤクザな猫です。



では、お口直しに、
誰にでも好かれて、誰にでも優しいところが新吉のような、
八方美人で色男のはな。のアンニュイな顔。

d0058543_16552669.jpg



※写真は映画とは全く関係がありませんでした。




ここから、自分の解釈を書いてみます。

この先は、映画をみた方のみでお願いします。
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by chiemhana | 2007-08-16 17:24 | 映画

『ゾディアック』

観てから時間経ってます。
そろそろ劇場では観られなくなっているかもしれませんが・・・


1970年代、アメリカを震撼させた、連続猟奇殺人事件。
ある日新聞社に一通の犯行声明が届き、そこには犯人しか知り得ない情報と、暗号が記されており、その人物は自らを「ゾディアック」と名のる。
パズルや暗号を解きその答えを求めるように、犯人からの暗号を解くこと、犯人を割り出すことに憑かれ、次第にその人生を狂わせて行く担当刑事、新聞社の担当記者、そして挿絵画家。
未だ解決していないこの事件を、その事件の内容そのものよりも、事件に関わったことで振り回されてしまった人物たちに焦点を当てて描いた映画です。


最近知り合った映画好きの人に「『ゾディアック』は見ないんですか?」とたずねると、「うーん。どうせ『セブン』なんじゃないかと思って。」という応え。
なるほど。
『セブン』のデヴィッド・フィンチャーが監督です。
もしかして、そうなのかしらとわたしも覚悟しながら、みました。


もし、『セブン』を期待してみた人がいたら、きっとがっかりしたでしょう。
事件は「解決」しないのですから。そりゃそうです。実際の事件も解決していませんからね。
そういう意味では、ものすごくフラストレーションを感じる映画かもしれません。

わたしがこの映画をみて思ったことがいくつかあります。
まず、わたしたちは謎を解きたがる、答えを知りたがる、そういう性質をもつ生き物だということ。それをまざまざと見せ付けられたような気がしました。
また、思い込みや信念、執念、そういうものの恐ろしさ。「こいつじゃないか」と思われる容疑者が現れるが、物証が揃わない。「何とかこいつであげたい」と強く思いすぎることで、他のことを見失ったり身を破滅に導く行動にでたりしてしまう。冤罪の恐ろしさも思わされました。
それから、ゾディアックを追う刑事も記者も挿絵画家も、「悪を成敗してやる」って感じではないのです。「こんなことする奴はどんなやつだ、この目で見てみたい」という個人的興味に見えます。何だか、いいかげんなのです。

結局、何が言いたかったのかって、もしかしたら、例えば事件が3つの所轄をまたいで起きていたので情報交換が遅かったとか、初動捜査に抜かりがあったとか、映画を観ている限りでは、警察はゾディアックに振り回されっぱなしですから、そういうことを指摘したかったのかもしれません。・・・そうではない、とは思いますが。


こうしてみると、『セブン』はなんて素晴らしい映画なんだろう。
ちゃんと犯人がつかまって、なぜこんなことをしたかを語ってくれるのだから!

フィンチャー監督は子どもの頃、この事件の物々しい空気を味わっているそうですが、彼はまさにそこからの満たされない感覚を、自らの映画(『セブン』)で消化したって感じですね。
でも実際は映画『ゾディアック』で描かれているように、真実は謎に包まれたままなのです。

このゾディアック事件は、その後、模倣犯が何件もあったり、連続猟奇殺人とか快楽殺人とかの先駆け的に位置づけられているようですが、もしかしたらこの事件を解決できていないことって、ものすごく重大な過失なのかもしれませんね。



夜、夫と妹と3人で観て、妹を家に送って2人で帰ったわけですが、怖かったです。
義弟がまだ帰宅していないことを知っていたので、妹のことも心配だし、ゾディアックはカップルを襲っていたので、夫と2人の夜道も怖かったです。映画はさほど残虐なシーンを執拗に描くとか、そういうことはなかったのですが。
やはり、解決していないからでしょうか・・・。
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by chiemhana | 2007-08-04 11:05 | 映画

洋の東西、ガールズムービー揃い踏み

『マリー・アントワネット』、と『さくらん』
この2本を観ました。


『マリー・アントワネット』は、ソフィア・コッポラが描くフランス王朝最後の王妃の物語。
しかし、映画で描かれるのは、一般によく知られている「マリー・アントワネット像」とはちょっと違います。
というより、「実はこんなにチャーミングで、芯の通った女性だったのよ」という仕上がり。
わたしはこの映画を観て、マリー・アントワネットという女性が好きになったし、彼女みたいに凛として生きていきたいものだわぁ、と思ったものです。

かわって、『さくらん』。こちらは安野モヨ子のコミックをフォトグラファーの蜷川実花が映画化していますが、色街に生きる花魁の話です。
幼い頃に「身売り」され吉原にやってきた女の子が、自分の境遇や遊郭の掟に逆らおうとしながらも、徐々にその世界で大成していく、という物語。


この2作品に、共通しているものを感じました。
というよりむしろ、両方観たからこそ、感じ取れたことがある、と言ったほうが正しいかも。
どちらも、「女性として」とか「女性だから」というよりも、「それ以前に人間として」まっとうに生きたいとか、あるべき生き方を追い求めるというか、ヒロインたちのそんな姿勢が見えたような気がします。
どちらのヒロインも、生きていく上で大きな「枷」を負わされているのですが、それでも、それだからこそ、強く自分らしく自分の人生を生きようとしているように見えたのです。

はからずも時を同じくしてこういう映画が出揃ったことも、面白いなぁと感じます。


それから、かたやパステルカラーのドレスや靴&美味しそうなスイーツ、かたや色彩豊かなきもの&造形も魅せる花&そして金魚たち・・・と、視覚に訴える「美しい(キレイ、カワイイ)もの」満載なところも、共通していますね。
それから「音楽」!
どちらも「今」の音楽で、それが意外に映像ともぴったりするし、時代や境遇を飛び越えて、登場人物たちの心情をぐぐっと近いものに感じさせてくれるのです。

2本とも、女の子同士で観て、おしゃべりのネタにしたい、そんな映画でもあります。
(男性と一緒に観たら、もうちょっと違った、少し重い印象になるかも・・・)



そうそう、『さくらん』について特に書いておきたいのは、菅野美穂と木村佳乃。
本当に、菅野美穂は手練手管で客を翻弄するトップ花魁に見えたし、木村佳乃は二進も三進もいかなくなるほどの「情念」を見事に演じておりました。。。
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by chiemhana | 2007-03-07 13:45 | 映画